AIの回答の中に、あなたのブランドの情報は確かに入っている。それなのに、ブランド名はどこにも表示されていない。
2026年9月22日、米調査会社Comscoreが最新の「AI Intelligence Report」を発表した。話題を集めたのは「ChatGPT一強の終わり」という見出しだ。しかし、ブランドを担う者が本当に着目すべき点は別にある。AIに情報源として「使われる」ことと、AIの回答の中で「名前が出る」ことは、まったく別の出来事だという事実である。
AIが探索の入り口になった今、ブランドは新しい種類の「見えない敗北」に直面している。本稿ではこのデータを手がかりに、AI時代におけるブランドの可視性とアイデンティティのあり方を考える。
ニュース概要:AIの入り口は「一つ」から「多様化」へ
ChatGPTのシェアが70%から50%に低下
Comscoreのパネルデータによれば、AIアシスタントへのプロンプト量に占めるChatGPTのシェアは、2026年1月の70%から6月には50%まで下がった。同じ期間にGeminiは17%から30%へとほぼ倍増し、Claudeは2%から11%へと5倍以上に伸びている。
ただし、これはChatGPTが縮小しているという意味ではない。ChatGPTの6月のデスクトップにおける会話数は1億6,800万件に達し、利用者数も前年から大きく増えている。AI利用という市場全体が広がる中で、利用者が複数のアシスタントを使い分け始めたというのが実態だ。2026年6月には、デスクトップユーザーの35%、モバイルユーザーの29%がAIアシスタントを利用していた(2025年1月はそれぞれ25%、12%)。
「使われる」と「引用される」の大きな差
レポートで最も注目すべき数字は旅行分野にある。AIが旅行関連の回答を生成する際、情報源として取り込むデータの61%をTripadvisorが占めていた。ところが、回答の中で引用元として表示される割合は21%にとどまる。
SEOエージェンシーiPullRankのマイケル・キング氏は、Digidayの取材に対し、AIの検索を二段階で説明している。まずAIは質問を細かく分解して大量のページを集める(ソーシング)。次に答えをまとめる段階で、直接根拠とした少数の文章にだけ引用を付ける。つまり、情報が集められることとブランドの名前を出されることの間には、大きなふるいがあるのだ。
ブランド言及は急増し、AIの中に広告も入り始めた
レポートでは、2026年1月から3月にかけて、AIの回答に含まれるファッションブランドの言及が123%、ヘルス・ビューティーブランドの言及が150%増えたことも示された。さらに旅行分野のAI検索では、出典リンク付きのホテル関連プロンプトに占めるスポンサー広告の出現率が、3月の6%から5月には24%まで上がっている。GoogleのAI Overviewsも拡大を続けており、同機能が表示されるデスクトップ検索の割合は25.8%(2025年7月)から39.4%(2026年6月)に達した。
Spike Analysis:「素材」で終わるブランド、「名前」で残るブランド
1. 新しい敗北の形「ゴースト・ソーシング」
Branding Spikeは、今回のデータが示す現象を「ゴースト・ソーシング(Ghost Sourcing)」と呼ぶことにする。AIの答えの材料としては使われているのに、ブランド名は答えの表に出てこない状態のことだ。
これは検索順位で負けるより厄介な負け方である。検索で負ければ、少なくとも「負けている」ことは可視化される。ゴースト・ソーシングでは、ブランドが時間とお金をかけて作った情報が、AIの答えの中に溶け込んで消えてしまう。ブランドはAIに栄養を与えながら、その成果を他の名前、あるいは「AIそのもの」に持っていかれているのだ。
AIに使われることは、AIの中で見えることと同じではない。
――スムリティ・シャルマ氏(Comscore 最高分析・技術責任者/Digidayより要約)
Branding Spikeがこれまで論じてきた「引用資本(Citation Capital)」の考え方に当てはめれば、ゴースト・ソーシングは「資本を払い込んだのに株主名簿に名前がない」状態である。そして多くの企業は、自社がこの状態にあることにまだ気づいていない。ここにも「計測の空洞(Measurement Void)」が広がっている。
2. AIが名前を呼ぶのは「言い換えられないもの」
では、何が「素材」と「名前」を分けるのか。キング氏は、引用されやすいのはオリジナルのデータ、具体的な数字、単体で文脈が成立する文章、そして「誰が書いたのか、なぜ信頼できるのか」という発信者の手がかりだと指摘する。
ここに、ブランドの感性にかかわる本質がある。AIは、言い換えても意味が変わらない文章を、平気で自分の言葉に置き換える。「上質な暮らしを届ける」「お客様に寄り添う」といった、どのブランドでも言えるコピーは、要約された瞬間に誰のものでもなくなる。これは「AI均質化のパラドクス」の裏返しだ。ブランドがAIで作った無難な言葉を増やすほど、AIはそれを遠慮なく吸収し、名前を消していく。
反対に、AIが出典として名前を残さざるを得ないのは、元の持ち主を消すと意味が成り立たなくなる情報である。自社で調べた数字、自社だけが持つ現場の知見、実名を挙げて語る専門家の見解などがこれに当たる。つまり、AI時代のブランドの美学とは「美しいコピー」ではなく、「署名なしでは成立しない表現」を持つことなのだ。
3. 分散していくAIは、ブランドを映す「いくつもの鏡」になる
キング氏は今の状況を、利用者がいくつものプラットフォームに散らばった初期のソーシャルメディアにたとえている。GeminiはGoogle、Android、Workspaceに組み込まれているため、自分からチャットボットを探したことのない一般層へ広がっている。一方でClaudeは、ナレッジワーカーや技術系の人々の間で伸びている。違う人が、違う場所で、違う質問をしているのである。
これはブランドにとって、自らの姿を映す鏡が一枚から何枚にも増えたことを意味する。ChatGPTの中では「高品質な老舗」と語られるブランドが、Geminiの中では「価格の高い選択肢」、Claudeの中では「技術仕様が不明確」と語られているかもしれない。Branding Spikeが提唱してきた「会話的ブランド誠実性(Conversational Brand Integrity)」は、もはや一つのAIの中だけの話ではない。複数のAIをまたいで、ブランドの人格がブレていないかを検証する段階に入ったのだ。
4. 広告が入り込む前に「引用資本」を積み上げる
旅行分野のAI検索でスポンサー広告の出現率がわずか2か月で4倍になったことは、AIの答えの中にも「お金で買える場所」が急速に生まれていることを示している。
安易に広告に頼ることは、短期的には合理的だ。しかし、AIの答えの中で広告としてしか名前が出ないブランドは、利用者から「宣伝された選択肢」として見られる。これはBranding Spikeが「信頼税(Trust Tax)」と呼んできたコストそのものである。広告枠が埋まり切る前に、AIが自然に名前を挙げてくれる状態、つまり自前の引用資本を積み上げておくこと。それが今後のAI広告の費用対効果までを左右する。
日本市場への示唆:「抽象的な公式サイト」はAIに溶けていく
日本企業の公式サイトやコーポレートサイトには、ビジョンやフィロソフィーを抽象的な言葉で語る文化がある。人が読む分には美しいこれらの言葉は、AIにとっては最も言い換えやすく、最も名前を消しやすい素材だ。日本のブランドは、ゴースト・ソーシングに特に陥りやすい構造を抱えていると言える。
また、AIアシスタントの使われ方は国や利用者層によって異なる。アメリカのシェアの数字を、そのまま日本に当てはめるのは危険だ。「自社の顧客は、どのAIに、どんな質問をしているのか」を自社で確かめることが出発点になる。
ファッションやビューティーのブランドにとっては、特に重要な局面である。AIの回答内においてこれらの分野への言及が急増し、モバイルでは女性がAIアシスタントの主な利用者であるというデータも示されている。「AIに相談して化粧品を選ぶ」行動は、すでに日常になりつつある。
日本のブランドが今すぐ取り組める具体策は、次のとおりだ。
- AIごとにモニタリングする:ChatGPT、Gemini、Claudeなど主要なAIで、自社カテゴリーの質問をしたときに自社が「言及されるか」「引用されるか」「どう描写されるか」を定期的に記録する。
- 一次情報を「数字」で発信する:自社調査、利用データ、品質検査の結果など、他社が言い換えられない数字を公開する。
- 段落を「単独で意味が通る」構成にする:前後の文脈がなくても理解できる、一段落ごとに完結した情報構造で文章を書く。
- 「誰が語っているか」を明示する:開発者、監修者、専門家の実名と経歴を記事に添え、発信者のオーソリティを高める。
- ビジョンを「具体的なファクト」に落とし込む:抽象的なスローガンだけで終わらせず、それを裏づける具体的な取り組みや実績とセットで語る。
さらに、メディアやパブリッシャーにとっては、ゴースト・ソーシングは交渉材料にもなる。キング氏が指摘するように、「大量に使われているのに引用されていない」というデータは、AI企業とのライセンス交渉で最も強い根拠になるからだ。
AIに栄養を与えるだけのブランドで終わるのか。AIが名前を呼ばずにはいられないブランドになるのか。その分かれ目は、テクノロジーではなく、自分たちにしか語れない言葉を持っているかどうかにある。
