85%がAI製のブリーフ、全コマ手描きのプラダ。ブランドから消えているのは「作者」ではないか

書類の上の空席

広告の出発点にも、完成品にも、AIが入り込むようになった。そのなかで、対照的な2つの動きが注目を集めている。米国では、クライアントから届くブリーフの約85%がAIで書かれているという推計が示され、広告会社の幹部が「いささか滑稽だ」と苦言を呈した。一方、プラダはホリデー広告のアニメーションを1コマずつすべて手作業で描き、作り手の存在そのものを広告の核に据えた。

この2つは、一見すると「AIか手仕事か」という二項対立に見えて、実は同じ問いを投げかけている。「このブランドの表現について、その理由を語れる人はいるのか」という問いだ。

ニュース概要:肥大化するブリーフと、1コマずつ描かれた広告

「いささか滑稽だ」AIブリーフの現場

Digidayは11月5日、AIで作成された広告ブリーフが広告会社の負担になっていると報じた。M&C Saatchi北米CEOのナジャ・ベラン=ホワイト氏は、Digiday Media Buying Summitで、クライアントから届くブリーフの85%がAIで書かれていると推計し、この状況は「転換点」に近づいていると語った。あくまで同氏の体感に基づく推計だが、なかには数百ページに及ぶ文書もあるという。

「たった一文で、何回『フレームワーク』と言えば気が済むのか」
(ナジャ・ベラン=ホワイト氏、Digidayより翻訳)

記事によると、Basis Technologiesが7〜8月に実施した調査では、マーケターと広告会社の56.4%がブリーフ作成にAIを使っている。また、GWIによる英国マーケター150人を対象とした調査では、29%が不正確または誤解を招くインサイトによって会社に金銭的な損失が生じたと認めた。

サミットの非公開セッションでは、「キャリア史上最悪のブリーフを何本も見ている」という声が上がった。PPC Landは、AIで書かれた18ページのブリーフについて、作成した本人が内容を把握していなかったという参加者の証言も紹介している。Mile Markerのトニー・ルッソ氏は「思考をすべてAIに丸投げしてしまった。これは判断力の問題だ」と指摘した。ベラン=ホワイト氏の提案は極めてシンプルで、パソコンとスマートフォンの電源を切り、膝を突き合わせて直接話すことである。

プラダが見せた「手の仕事」

プラダのホリデーキャンペーン「Drawing Prada: Animated By Hand」は、実写と手描きアニメーションを組み合わせた作品だ。10月下旬に公開され、Euronewsなどが「AIを使わない」広告の先進事例として取り上げ、11月5日にも続報が配信された。ディズニーなどで長年第一線で活躍してきたアニメーター、ジョン・ポメロイ氏がチームを率い、全コマを手作業で描き下ろしている。

「手描きのアニメーションを選ぶのには、紛れもなく明確な理由がある」
(ジョン・ポメロイ氏、Euronewsより翻訳)

プラダはメイキングも公開し、制作者や制作プロセスそのものをブランドストーリーの一部にした。比較対象としてよく挙げられるのが、2024年と2025年にAI生成のホリデー広告で批判を浴びたコカ・コーラである。ただし、プラダがAIそのものを全否定しているわけではない。B&Tは、同社が顧客接点や新たな顧客開拓のチャネルとしてAIを取り入れていると伝えている。

Spike Analysis:問題は「AIの使用」ではなく「作者の空席」だ

新概念「作者の空席」とは何か

2つのニュースを引き比べてみると、本質が見えてくる。AIブリーフの問題は、文章が長すぎることや、AIらしい言い回しが鼻につくことではない。署名された文書の背後に、その内容を自分の言葉で説明できる責任者がいないことだ。Branding Spikeは、この状態を「作者の空席(Authorship Vacancy)」と呼びたい。担当者の名前はある。承認の記録もある。しかし「なぜこれなのか」と問われたときに真正面から答える人がいない。まさにそのような機能不全である。

ブリーフは、ブランドの意思が最初に言葉として結実する文書だ。ここに空席が生まれると、その弊害は制作プロセスの下流へと連鎖する。広告会社は意図の読めない文書を解読することにリソースを浪費し、その解読作業にすらAIを使うかもしれない。AIが書いた文書をAIが要約し、その要約から企画が生まれる。工程自体は滞りなく進むのに、どこにも人間の判断が残らない。これは、Branding Spikeが論じてきた「クリエイティブ・ガバナンスの空洞化」が、制作物よりさらに手前の段階ですでに起きている姿にほかならない。

プラダが売っているのは懐かしさではない

プラダの広告を「反AI」や「ノスタルジー」と片付けるだけでは本質を見誤る。注目すべきは、手描きという手法以上に、「誰がなぜそう描いたのか」を明確に語れるようにしている点だ。ポメロイ氏の発言は、まさにその理由についての宣誓にほかならない。作者の席に確固たる意思を持った人間が座っていることを、広告そのもので証明しているのだ。

もちろん、これは「意図的非効率」の好例であると同時に、ラグジュアリーブランドだからこそ成り立つ戦略でもある。Inside Retailが指摘するように、時間と費用のかかる手描きは、それ自体が高級ブランドのプレステージを補強する。すべての企業が模倣できるものではないし、この広告が売上にどれだけ貢献したかを示すデータも現時点では見当たらない。「手描きなら勝てる」と結論づけるのは短絡的だ。

境界線は「人かAIか」ではなく「答えられるか」

ここで線を引くべき論点は、AIを使ったかどうかではない。AIを壁打ち相手にして磨き上げたブリーフには、確固たる作者がいる。ベラン=ホワイト氏も、AIは優れたスパーリング相手になり得るが、最終決定を下すのは人間だと語っている。反対に、人が全文を手で書いても、前例をなぞっただけなら実質的には作者不在と変わらない。

AIによって、もっともらしい文書や画像を作るコストは劇的に下がった。そのぶん、「もっともらしさ」はブランドの差別化要素にはならなくなる。「AI均質化のパラドクス」が進むほど、価値を持つのは、「選んだ理由」と「捨てた理由」を自らの言葉で語れることだ。AI時代のブランドの競争力は、どれだけ多く作れるかではなく、どれだけ多くの判断に責任を持てるかで測られるようになるのではないか。

日本市場への示唆:「稟議を通る文書」ほど空席が生まれやすい

この問題は、日本企業にとっても他人事ではない。社内の合意形成を重視する組織では、資料には「抜け漏れのなさ」が求められやすく、網羅的で無難な文章を得意とするAIと極めて親和性が高い。だからこそ、誰も反対しないが、誰の意思も読み取れないオリエン資料が量産されるおそれがある。今のうちに、次の3点を確認しておきたい。

  • オリエンの前に、1枚の紙で語る:AIで資料を作ること自体は否定しなくてよい。ただし、依頼側の担当者が資料を見ずに、「目的」「対象」「やらないこと」を自分の言葉で説明できるかを確認する。説明できないなら、その資料はまだパートナーに渡す段階にない。
  • 判断の記録を残す:AIの生成物を採用した理由と、却下した案の理由を短く記録する。AI利用の開示を検討する際にも、この記録が説明の土台になる。「開示プレミアム」は、語れる中身があってこそ生まれる。
  • 手仕事は「物語」ではなく「理由」として提示する:職人技やものづくりの背景にあるストーリーは、日本のブランドが持つ強力な資産だ。ただ、「手作り」と謳うだけでは単なる情緒的な飾りで終わる。なぜその工程を人の手に残すのかを、作り手自身の言葉で語れるようにしたい。

すべてを手仕事に回帰させる必要はない。問うべきなのは、自社の広告やブリーフについて「これは誰の判断か」と聞かれたときに、ひとりの名前を迷わず挙げられるかどうかである。

出典

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