AIを「使わない」と言えるブランドだけが、見えない顧客に選ばれる——反発の時代に始まる"余白のブランディング"

余白を磨く

ブランドは今、二つの暗闇に挟まれている。ひとつは、ブランドがどこでAIを使っているのか消費者から見えないという暗闇。もうひとつは、消費者がAIチャットで何を調べ、どんな印象を持ってやって来るのかブランド側から見えないという暗闇だ。10月19日、米Ad Ageと米AdExchangerはそれぞれ別の角度から、この「二重の不可視性」を浮かび上がらせた。前者は消費者のAI反発に対し「何にAIを使わないか」を語れと説き、後者はAIによる見えない予習を計測しようとする企業の試行錯誤を描いた。二つの記事を重ねることで、AI時代のブランドに求められる新しい作法が見えてくる。それは、すべてをAIで埋め尽くすことではなく、あえて残す「余白」をデザインすることにある。

ニュース概要:AIへの反発と、AIによる見えない予習

Ad Age:「AIをどう使うか」より「何に使わないか」

Ad Ageは、AIに対する消費者の不信感が広がるなか、ブランドがAIについてどう語るべきかを特集した。かつてAI活用は先進性の証として積極的にアピールされたが、いまや消費者の目には警戒すべき対象として映りつつある。コミュニケーションの専門家たちは、信頼を守るためには「AIをどう使っているか」という説明だけでは不十分で、「何には使わないのか」、そして批判が起きた際にどう応じるのかまでも、あらかじめ示しておくべきだと指摘している。

この流れは大企業に限った話ではない。10月には米ワシントンD.C.で150年以上の歴史を誇る老舗薬局が、プロモーションにAI生成画像を使ったことを謝罪し、以後は人の手による素材を使うと表明した。また、Kantarの広告テストでは生成AIで作られた広告の平均評価が、そうでない広告を下回るというデータも出ている。AIの使用そのものが、ブランド評価のリスク要因になり始めているのだ。

AdExchanger:Lendiが挑む「AIの見えない仕事」の計測

AdExchangerは、オーストラリアの住宅ローン・不動産仲介企業Lendi Groupの取り組みを紹介した。同社のグロース責任者マイケル・マッキャッシュ氏は、年間1,000万ドルを超える広告費の最適化を進めるなかで、AIチャットボットの台頭が顧客の検討初期を「再び見えなくした」と語る。検索エンジンが登場した当初のように、顧客がどこでどうブランドを知ったのかが追えなくなっているというのだ。

そこで同社は、Mutinexの新ツール「AI Visibility」のパイロット導入に踏み切った。その仕組みは、関連する質問をLLMに数千回投げかけ、その回答を分析するというものだ。プラットフォーム側に信頼できる分析ダッシュボードが存在しない以上、大量に問いかけてその挙動を観察するしかない。さらにブランド指標の計測や消費者調査のツールも組み合わせ、AI上での自社の扱われ方を多角的に追っている。

一方、ChatGPTやGeminiに出稿するチャットボット広告については、試験的に出稿してはみたものの、広告単価と獲得コストが高すぎて本格的な投資には値しないと判断している。代わりに同社が注目しているのは、LLMで下調べを終え、ブランドについて十分な知識を持ったうえで来訪する「新しい顧客」の存在だ。マッキャッシュ氏の言葉を借りれば、「計測できないものは改善できない」。だからこそ同社は、AIへの広告出稿よりも先に、AIが顧客の認識をどう形づくっているのかを理解することに投資しているのだ。

Spike Analysis:AIの時代、ブランドは「余白」で語られる

1. 二重の不可視性——ブランドと顧客は互いに暗闇の中にいる

二つのニュースを並べると、鏡に映したような構図が見えてくる。消費者は、ブランドのどこにAIが入り込んでいるのか見えないから不安になる。ブランドは、消費者がAIに何を聞き、どんな答えを受け取ったのか見えないから戦略を立てられない。双方が互いの「AIとの関わり方」を見通せないまま向き合っているのだ。

Branding Spikeがこれまで論じてきた「計測の空洞(Measurement Void)」は、ブランド側から見た暗闇だった。しかし今回のAd Ageの報道は、その裏側に消費者側の暗闇があることをはっきりと示している。ブランドの信頼とは、この二つの暗闇のあいだに橋を架けることにほかならない。そして橋を架ける最初の一歩は、ブランド自身が自らのAIとの関わりを白日の下に晒すことにある。

二重の不可視性(Double Invisibility):ブランドのAI活用は消費者から見えず、消費者のAIによる検討プロセスはブランドから見えない。AI時代の信頼の危機は、この相互の「見えなさ」から生まれる。

2. 余白のブランディング——「使わない」は拒否ではなく、デザインである

Ad Ageが示した「何にAIを使わないかを語れ」という提言は、一見すると守りの姿勢に見える。だが、私たちはここにもっと積極的な意味を読み取りたい。それは、AIを使わない領域を意図的に設計し、そこにブランドの核を置くという発想だ。私たちはこれを「余白のブランディング(Negative Space Branding)」と呼びたい。

日本の美意識において、余白は「何もない場所」ではない。描かないことで、描かれたものの意味が際立つ。ブランドにおけるAIも同じである。すべてをAIで効率化したブランドは、どこにも「人の意思」が見えなくなる。これは、私たちが繰り返し指摘してきた「AI均質化のパラドクス」そのものだ。逆に、「顧客の肖像はAIで作らない」「創業者の言葉はAIで書かない」「職人の手元は実写でしか撮らない」と明確に線を引いたブランドは、その余白によって、自らが何を大切にしているかを雄弁に語ることになる。

これは、従来の「開示プレミアム(Disclosure Premium)」の一歩先にある考え方だ。開示プレミアムが「ここでAIを使っています」と正直に伝えることの価値だったとすれば、余白のブランディングは「ここでは使いません」と宣言することの価値である。前者は透明性の表明、後者は美学の表明だ。老舗薬局の謝罪が示すように、スモールブランドほど、手触りのある信頼が資産の中核をなしている。その資産を守る最もシンプルな方法が、余白の宣言なのである。

余白のブランディング(Negative Space Branding):AIを使わない領域を意図的に設計し、公に宣言することで、ブランドが何を人の手に委ねているか——すなわち何を大切にしているか——を伝える戦略。

3. 予習済み顧客——第一印象は、AIの「言い換え」でつくられる

Lendiの事例が示すもうひとつの重要な変化は、顧客が「予習を終えてから」やって来るという事実だ。ブランドの公式サイトを訪れる前に、顧客はすでにAIから要約されたブランド像を受け取っている。つまり、ブランドの第一印象は、ブランド自身の言葉ではなく、AIによる「言い換え」によって形成されているのである。

ここで、余白のブランディングとAI検索がつながる。ブランドがAI活用の方針を明確な言葉で公開していれば、それ自体がAIに参照され、要約され、予習中の顧客に届く可能性がある。曖昧な姿勢のブランドは、AIによっても曖昧に語られる。明快な線を引いたブランドは、AIによっても明快に語られる。私たちが提唱してきた「引用資本(Citation Capital)」の観点から言えば、AIに関する方針の宣言は、それ自体が引用されやすいブランド資産になりうるのだ。

皮肉なことに、AIに対する姿勢をはっきりさせることが、AIを通じた発見において有利に働く。AIを語ることを避けるブランドほど、AIの中で存在感を失っていく時代が始まっているのだ。

4. 「見えるデータ」への偏重が、ブランドの判断を誤らせる

Lendiの記事には、見逃せない教訓がもうひとつある。同社はマーケティング・ミックス・モデリング(MMM)を導入した結果、熱心に投資してきたストリーミング広告よりも、昔ながらの地上波テレビの方がはるかに効率的であったことを発見した。マッキャッシュ氏は、メディアバイヤーは自分自身がよく使う媒体を好みがちであり、マーケターはクリックや表示回数のような「すぐ見えるデータ」を信じやすいと指摘している。

この偏りは、AIの時代にいっそう危険なものとなる。チャットボット広告は、まだ不完全ながらも数字が出る。一方、AIの回答の中でブランドがどう語られているかという「見えない影響」は、数字になりにくい。見える数字だけを追えば、ブランドは広告枠の購入に走り、本当に顧客の認識を形づくっている場所を見落とす。Lendiが広告出稿よりも計測を優先したのは、この罠を自覚していたからだろう。

5. AIで観察し、人で決める——新しい分業のかたち

最後に、ひとつの逆説を指摘しておきたい。Lendiは、AIの見えない影響を測るために、AIに数千回の問いを投げている。AIを理解するためにAIを使うのだ。一方でAd Ageの提言は、ブランドの核となる部分にはAIを介在させないことを求めている。

この二つは矛盾しない。むしろ、AI時代のブランド運営における理想的な分業のあり方を示している。観察と計測という「量」の仕事はAIに任せる。何を美しいと感じ、何を守るかという「質」の判断は人が担う。AIは鏡であり、望遠鏡である。しかし、その鏡に何を映すかを決めるのは、ブランドの感性にほかならない。

日本市場への示唆

「手仕事」の価値を、言葉にして宣言する

日本の消費者は、職人の技や手間ひまに対して特に高い価値を置く。これは、余白のブランディングにとって大きな追い風だ。しかし多くの日本企業は、「AIを使っていない」ことを暗黙の了解にとどめ、言語化していない。宣言されない余白は、AIにも顧客にも伝わらない。自社サイトやブランドガイドラインに、AIを使う領域と使わない領域を明記した「AI活用ポリシー」を公開することを推奨したい。

日本語のAI検索で、自社がどう語られているかを確かめる

Lendiのような大規模な計測ツールを導入できなくても、第一歩は踏み出せる。ChatGPTやGemini、Perplexityなどに、顧客が投げかけそうな日本語の質問を自ら入力し、自社がどう紹介されるかを定期的に確認するだけでも、見えない予習の輪郭は見えてくる。営業や店頭の現場で「ご来店前にどのように調べましたか」と尋ねることも、立派な計測のアプローチである。

中小・老舗こそ、余白が武器になる

海外の老舗薬局の謝罪が示すように、歴史や地域とのつながりを強みとするブランドほど、AI活用への反発は大きくなりやすい。裏を返せば、地方の老舗や中小企業こそ、「ここは人の手で手がけています」という宣言によって、大手にはない信頼を築ける。2023年に施行されたステルスマーケティング規制以降、日本の消費者は広告の「誰が、どう作ったか」に敏感になっている。AIの利用についても、同様の誠実さが求められる時代はすぐそこまで来ている。

出典

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