AIが2日で終わらせる仕事に、なぜ「2日かける」のか――エージェント時代、ブランドの価値は“摩擦”に宿る

人間がひとつ選ぶ

AIエージェントが36〜48時間、誰の監視も受けずに稼働し続ける。世界的デジタルエージェンシーのMonksで、それはもはや日常の光景となった。だが同社の幹部がいま真剣に議論しているのは、さらなる自動化ではない。「人間の仕事に、あえて摩擦を取り戻すべきか」という問いである。生成コストが限りなくゼロに近づいた世界で、ブランドの価値はどこに残るのか。Advertising Week New Yorkの開催週に届いたこのニュースは、効率化の先にある本質的な論点を突きつけている。

ニュース概要:エージェントは「数日間、無人で」働き始めた

Monks:2週間のスプリントが「2日」に縮んだ

Digidayが10月6日に報じたところによると、S4キャピタル傘下のMonksでは、AIエージェントが人の監視なしに長時間稼働するようになっている。1回の稼働が36〜48時間に及ぶこともあり、規模の大きいプロジェクトでは数日間続く。現時点では自社ソフトウェアのコーディングが中心だ。複数のエージェントが作業を分担し、当初の要件に照らしてテストを行い、互いの成果物をレビューし合う。数カ月前までは人間の開発者がこうした分担の仕組みを組み立てる必要があったが、最新のモデルは自ら体制を構築できるという。

同社のチーフAI兼レベニューオフィサー、ウェズリー・テル・ハール氏は、この仕組みをソーシャル運用とパフォーマンスマーケティングへ広げつつあると語る。トレンドの発生、コメントの急増、投稿の反応の鈍化といった事象を検知してエージェントが動く設計だ。来年初めには、ある顧客のソーシャル業務がインサイト分析からコミュニティ運営まで、この新体制へ移行する予定である。

注目すべきは、同氏が明かした「弱点」だ。ブランドのガイドラインとオリエンシートに沿ったアイデアなら、エージェントは10分で50案を出し、その大半が実用に耐える水準にある。しかし「もっと大胆に」と頼むと、出てくる50案のうち採用できるのは5案ほどに減る。その5案を探し出す手間が大きく、割に合わないこともある。そのため現状は、選別を経験豊富な専門家に大きく頼っている。

さらに同社は、アジャイル開発の2週間サイクルが、休まないエージェントによって2日に圧縮されたことで、戦略やクリエイティブの担当者が考える工程を飛ばし「エージェントに任せきり」にする傾向を懸念している。そこで社内では、意図的にスピードを落とすことまで検討しているという。

「摩擦を再び取り入れるべきかどうか、実際に議論している」――ウェズリー・テル・ハール(Monks)

予算の捉え方も変わった。同氏はかつて翌年の支出を人件費の枠で計画していたが、いまはその中からトークン(AI利用料)にいくら振り分けるかを判断している。トークンは「人材予算」の一部として扱われ、社内の「テックカウンシル」が、最上位モデルが必要な業務と安価なモデルで足りる業務を仕分けている。なおS4キャピタルは過去1年で約800人を削減し、6月末の従業員数は約6,150人となった。

顧客側にも変化がある。どのモデルが作業しているのか、企業契約は結ばれているのか、どのようなプロンプトが投入され、どう推論されたのか。こうした点の開示を求める声が強まっている。一部の先進的な顧客は、すべてのエージェントを一つの台帳で管理し、稼働のオン・オフ、支出の追跡、品質の評価までを自社主導で行いたいと考え始めている。

中堅ブランドにも広がる「AI量産体制」

同じくDigidayは10月2日、AIによるクリエイティブ量産が、ユニリーバやロレアルのような巨大広告主だけのものではなくなったと報じた。ホテルチェーンのウィンダムは、AI企業Adoraと組んで素材の制作量を従来の15倍に増やし、企画から承認までの時間を75%短縮した。サノフィから分社した一般用医薬品のOpellaは、85人のチームで2万点以上のコンテンツを制作し、制作量は従来の20倍に達した。アレルギー薬のマスコットであるフクロウも、現在はAIで生成されている。

一方で、各社とも全面的にAIへ委ねているわけではない。Opellaは医療従事者の描写に厳格なルールを設け、規制が求める市場ではAI使用の開示を義務付けている。スポーツベッティングのBetMGMは、オッズ情報を含む素材の生成を見送っている。同社のクリエイティブ責任者は、責任の所在について次のように述べた。

「AIに責任転嫁することはできない」――ビクター・ゴンザレス(BetMGM)

またカンタールによると、初期段階のクリエイティブテストの実施件数は2025年12月から2026年7月にかけて17%増えた。AIで制作スピードが上がった分、世に出す前に「どれを選ぶか」を検証する需要が高まっているのである。

広告業界の祭典が「AIに休暇」を与えた

10月5日に開幕したAdvertising Week New York 2026は、500を超えるセッションの大半でAIが語られる場となっている。その一方で、同イベントの公式キャンペーンを手がけたMekanismは「Give AI a Break(AIに休みを)」と題し、創作の依頼をすべて断るチャットボット「ChatGPTO」を公開した。ボットは「離席中(オフライン)」と答え、会場にいる生身の人間と話すよう促す。前年に同社が生成AIで100本超のパーソナライズ動画を制作したのとは、正反対のアプローチである。

Spike Analysis:量産の時代、ブランドは「選ぶ目」と「摩擦」でできている

1. 生成コストがゼロに近づくと、ボトルネックは「選ぶ人間」に移る

Monksの「50案中5案」という証言は、AIクリエイティブの現在地を如実に物語っている。ブランドのレギュレーションの範囲内に収まる案なら、AIはほぼ無限に、しかも高い打率で作れる。だがブランドを一歩先へ進める大胆な案になると、打率は1割まで落ちる。しかも、その1割を見つけ出すのは人間の仕事のまま残る。

Branding Spikeはこの構造を「目利きボトルネック(Curation Bottleneck)」と名付けたい。生成の速度と量が上がるほど、組織全体のスピードは「良し悪しを判断できる人」の処理能力で頭打ちになる。カンタールのテスト件数が増えているのも同じ現象だ。作る工程がコモディティ化して安くなった分、選ぶ工程の価値と負担が一気に膨らんでいる。

ここで見落とされがちなのは、選別の基準そのものがブランドのアイデンティティだという点である。50案から5案を選ぶとき、人は「このブランドらしいか」「このブランドが言うべきことか」を問う。その判断の積み重ねこそがブランドの輪郭をつくる。つまりAI時代のブランディングとは、生成物を磨く作業ではなく、選ぶ目を鍛え、その基準を言語化し、組織で共有する作業に変わりつつある。

2. 「摩擦を戻す」は後退ではなく、ブランドの意思表示である

2週間かかっていた仕事が2日で終わる。その状況で「2日かけて構わない、手順を踏んでいい」と現場に伝えることは、一見すると非合理だ。しかし、ここには重要な洞察がある。ブランドが放つ独自の「声」や姿勢は、異なる視点がぶつかり合う議論の中からこそ立ち上がるものだからだ。エージェントに任せきりにすれば、確かに速い。だがその成果物には、誰の視点も、誰の違和感も残らない。

これは本誌が提唱してきた「意図的非効率(Deliberate Inefficiency)」を、組織運営のレベルにまで押し広げる動きである。手仕事の価値を表現として打ち出すだけでなく、意思決定の工程そのものに、人が考え、反論し、粘る時間をあえて組み込む。Branding Spikeはこれを「摩擦の再設計(Friction by Design)」と呼びたい。どこを自動化し、どこに摩擦を残すか。その線引きこそが、これからのブランド戦略の中核になる。

MekanismのChatGPTOは、同じ問いを文化の側から照らしている。広告業界の祭典が自らAIに休暇を与えるという自虐的なユーモアは、業界全体に広がる「AI疲れ」の裏返しだ。誰もがAIで量産できる時代には、人が時間を割いて直接会うこと、手間をかけることそのものが希少になり、価値を帯びる。効率化の果てに、非効率がプレミアムに転じるのである。

3. トークンが「人材予算」に入るとき、組織は何を才能と呼ぶのか

Monksがトークンを人件費と同じ「人材予算」に計上しているのは、単なる経理処理の話ではない。予算の科目が変われば、組織が何を「才能」とみなすかが変わる。人に払うかAIに払うか。その比較が日常的に行われるようになれば、人間に求められる役割は、AIでは代替できない判断、つまり方向性を決め、直感を信じ、AIに正しい文脈を与えることへと絞り込まれていく。

ここに中堅ブランドの量産事例を重ねると、別のリスクも見えてくる。PencilやAdoraのような共通の基盤を多くのブランドが使い、同じようなモデルで、同じように成果データを回していけば、表現は似通っていく。本誌が繰り返し指摘してきた「AI均質化のパラドクス」だ。15倍、20倍という量の増加は、差別化の源泉ではなく、むしろ埋没の加速装置になりかねない。量で勝負できる時代が終わり、選ぶ基準で勝負する時代に入ったと捉えるべきだろう。

4. 自律性が高まるほど、ブランド側の「統治」が問われる

顧客が「エージェント台帳」を求め始めた動きは、本誌が論じてきた「クリエイティブ・ガバナンスの空洞化」への、企業側の対抗策と読める。エージェントが数日間無人で動くなら、ブランドを守る責任をエージェンシー任せにはできない。どのモデルが、どんな指示で、何を判断したのか。それを把握し、有事の際には即座に止められる体制を、ブランド自身が保持する必要がある。

BetMGMの「AIに責任転嫁することはできない」という言葉は、この議論の核心を突いている。自律性と説明責任は別物だ。AIにどれだけ仕事を任せても、ブランドが世の中に対して負う責任は1ミリも移転しない。だからこそ、オッズ情報や医療従事者の描写のように、誤りが許されない領域では人の判断を残す。この「任せない領域」の定義もまた、ブランドの真正性を形づくる重要な要素である。

日本市場への示唆:「遅さ」を「意図した摩擦」に変えられるか

日本企業の稟議や合議の文化は、長らく「遅い」と批判されてきた。だが今回の動きを踏まえると、見方は変わる。問題は摩擦があることではなく、その摩擦が何のためにあるのかが曖昧なことだ。形式的な承認の連鎖は削り、ブランドの方向性を議論する場には時間をかける。摩擦を「残すべき場所」と「削るべき場所」に仕分けることが、日本企業がAI時代に取り組むべき業務設計の第一歩になる。

次に、目利き人材の育成である。AIが案を量産するほど、ブランドの基準を体得したディレクターやエディターの価値は上がる。ところが日本の現場では、若手が下積みの中で「選ぶ目」を養ってきた制作工程そのものが、AIで真っ先に置き換わりつつある。選別の基準を暗黙知のままにせず、言語化してガイドラインや評価軸として残す。それが目利きボトルネックを乗り越える現実的な手段となる。

さらに、制作会社や広告会社の見積もりのあり方も問われる。日本では人月工数をベースにした積算見積もりが根強いが、トークンが人材予算に入る時代には「何時間かけたか」より「何を選び、何を判断したか」に対価が支払われるようになる。判断の価値をどう言語化し、価格に反映するか。これは制作側にとって避けて通れない課題である。

最後に、規制産業の視点も欠かせない。OpellaやBetMGMが「AIに任せない領域」を明確にしているように、日本でも薬機法や景品表示法が関わる表現では、人による最終判断の体制をあらかじめ定めておくべきだ。ここで慎重さを示すことは、AI時代の信頼獲得において、遅れではなく競争力になる。

出典

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